現在位置:  トップページ > マンガ「ブラック・ジャック」を通じた東久留米市の地域振興について


ここから本文です。

マンガ「ブラック・ジャック」を通じた東久留米市の地域振興について

ページ番号 1016787 更新日  令和3年4月1日

手塚治虫先生

東久留米市では、市制施行50周年を機に、日本マンガ界の巨匠・手塚治虫先生のヒット作であるマンガ「ブラック・ジャック」を通じた地域振興事業を展開しています。

マンガ「ブラック・ジャック」は、1973年11月19日から1983年10月14日(不定期連載期間含む)まで、週刊少年チャンピオン(秋田書店)で連載された医療マンガのパイオニアです。

主人公である「ブラック・ジャック」は天才的な腕を持つ無免許外科医であり、死の危機にさらされた重症患者でも、その手腕を振るい奇跡的に助けますが、その代価として莫大な代金を請求するため、医学界ではその存在すらも否定されています。

しかしその一方で、貧しい患者や心のきれいな患者には無償で治療を行うなど、作中では優しい人柄をのぞかせることもあります。

シリアスで生々しい描写と、ときに良きパートナーである「ピノコ」とコミカルに掛け合いながら「生命の尊厳」や「いのちの不思議」を、手塚先生の知識や経験、そして信念をもとに伝える作品です。

手塚先生肖像

手塚先生肖像
制作活動の様子

手塚治虫先生は、1980年から逝去されるまでの約10年間を東久留米で過ごされました。

精力的な制作活動の傍ら、様々な活動を通じて日本アニメ・マンガ界の発展にご尽力し、没後30年が経過した今もなお「マンガの神様」として世界中から称えられています。

1983年、東久留米市の成人式にご登壇いただいた際には、新成人たちに「好奇心を持て。面白いと思ったら道草をしてでも首を突っ込め」と語りかけ、その言葉どおり、自身もマンガ家として多忙を極めるなかで医師免許を取得しました。

手塚 治虫 先生 プロフィール

1928年11月3日、大阪府生まれ。本名 手塚 治。

1946年 4コママンガ「マアチャンの日記帳」でデビュー。

1947年 描き下ろし単行本「新寳島」が大ヒット。新しい表現方法でストーリーマンガを確立し、その後も永きに亘り第一人者としてマンガ界を引率。後進のマンガ家達にも多大な影響を与える。

1962年に虫プロを設立し、1963年国産初の長編TVアニメシリーズ「鉄腕アトム」の放送を開始。TV を通じてアニメを大衆に広く浸透させるなど、日本のアニメ界でも開拓・発展に多大な功績を残す。

1989年2月9日、60年の生涯を閉じる。

主な作品:
「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「火の鳥」「どろろ」「ブッダ」「ブラック・ジャック」「三つ目がとおる」「ユニコ」「陽だまりの樹」「アドルフに告ぐ」ほか

デザインマンホール蓋

デザインマンホール蓋

市では、市制施行50周年記念事業として、マンガ「ブラック・ジャック」に登場するキャラクターのデザインマンホール蓋を製作しました。

2021年2月中旬以降、順次市内歩道に設置してまいります。

なお、設置後に写真撮影や観覧をされる方は、通行の妨げにならないようご注意ください。

モニュメント(銅像)

東久留米市と東久留米市商工会では、市制施行50周年記念事業として、東京都の「アニメ等コンテンツを活用した誘客促進事業費補助金」を活用し、東久留米駅西口ロータリー花壇内に、マンガ「ブラック・ジャック」に登場するキャラクターの銅像を令和3年3月上旬に建造します。

このページに関するお問い合わせ

市民部 産業政策課 振興企画係
〒203-8555 東京都東久留米市本町3-3-1
電話:042-470-7743 ファクス:042-470-7811
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。


マイページ

使い方

マイページへ追加する

マイページ一覧を見る



Copyright © Higashikurume city. All rights reserved.